魔追い坂13号室殺人事件
「しっかし、魔追い坂(まおいざか)とは気味の悪い名前だよな~」
「この辺は同じような坂が多くて、昔から道に迷う人が多かったから、古くは「迷い坂」と呼ばれていたらしいの。そのうち、魔物が多いから道に迷うとか、夜に歩くと魔物の追いかけてくるとかいう伝説が生まれて今の名称になったんだって」
「それで魔追い坂かよ。あんまり住みたくない地名だな」
「彼女は伝説とか古典文学とか俳句とか短歌とか、そんなものが好きだから、むしろ喜んでいる見たいよ。味がある地名だって」
「だからって、何も『魔追い坂マンション』の13号室になんて住まなくてもいいだろう。それに魔物が追いかけてくるなんて、まさにスト一カ一みたいな話だぜ」
「やめてよ、縁起でもない」
夕日に赤く染まった坂の途中で車が止まった。
「お客さん、着きましたよ」
連転手の声にハジメと美雪がタクシ一から降り立つと、そこに『魔追い坂マンション』があった。
「電話してるの忘れて、外出しちゃっていただけだったりしてな」
「本当に何もなければいいんだけど……」
美雪が心配そうな声をあげた。
「美雪さん、私ね、いつも誰かに尾行されているみたいなの」
「えっ、それってどういうことですか?」
「最近、道を歩いているときも、誰かの視線を感じるのよ」
「単に静香さんに一目惚れしたファンなんじゃないんですか?」
千堂静香は、美雪が図書館で偶然知り合ったOLである。何度か見かけるうちに、言葉を交わすようになり、今では電話で話をしたりする仲になった。
「いいえ、そんなんじゃなくて、なんだか怖くなるような感じの視線。気持ち惡いわ。それだけじゃなくて、この前、部屋の鍵をなくしたりもしたの。鍵は、マンションの管理人さんがマンションの入口のわきの植木の所に落ちていたって届けてくれたけどね」
「良かったじゃないですか、見つかって」
「でも、それも落としたんじゃなくて、誰かに盗まれたような気がするのよ。だって、マンションの入口になんて、鍵を落とすはずはないもの、もしかするとそれもあの人の……」
「あの人って、誰か心当たりがあるんですか?」
「いいえ、はっきりとした証拠があるわけではないの。でも、いろいろあったから……正直いって身の危険を感じることもあるわ。もしかすると殺されるかもしれないって」
「ええっ!?」
「ただのイタズラのつもりかもしれないけど、変なメッセ一ジが留守番電話に入っていたり、脅迫めいた手紙が届いたり……今も、もしものことを考えて、美雪さん宛の暗号メッセ一ジを作っていたところ」
「暗号メッセ一ジ?」
「うん、美雪さんなら気づいてくれそう。実はそれには私に危険を感じさせる人の……あら、誰か来たみたい。宅急便かしら。ちょっと待っててくれる」
「はい」
電話は保留状態にされ、しばらくすると何の言葉もなく切れた。その後、美雪が何度電話をかけても呼び出し音がするだけで、電話がつながることはなかった。
「まさか、何かあったんじゃ……」
心配になった美雪はハジメに連絡をとり、一緒に千堂静香のマンションへと向かったのである。
「困るなぁ、本当にお知り合いの方なんでしょうねえ」
呼び鈴を押しても何の返事もないので、管理人に頼みこみ、合い鍵でドアを開けて部屋の様子を見てもらうことにしたのだ。カチャリと音がして、13号室のドアが開いた。玄関に静香のものと思われる白いハイヒールが脱いであるのがわかった。
「どうです、薄暗いけど誰もいないようですよ……おや、あれは何だろう?あわわわっ、こりゃ大変だ!」
「静香さん!」
床に仰向けに転がった千堂静香の死体が発見されたのだ。つけっばなしのワープロのディスプレイの光が、うっすらと静香の顔を青白く照らしていた。
「首を絞められている……」
ハジメがつぶやいた。
警察の捜査により、被害者の静香と、殺人の動機となるかもしれないような関係があり、しかも当日のアリバイのないものを探したところ、3人まで絞られたが、いずれもこれといった証拠のようなものは見つからなかった。
■大田黒修一(おおたぐろしゅういち)
被害者と同じ「魔追い坂マンション」の住人。ギャンブル好きで多額の借金があり、依然、静香宛の郵便物を勝手に開封していたところを見つかったことがある。
他の住人とのトラブルも多い。
■井伊田綾奈(いいだあやな)
被害者と同じ会社に勤める先輩OL。静香の現在の恋人は、かつて井伊田の恋人であった。結婚の約束までしていた自分たちが別れることになったのは、静香のせいだと思っている。
■木田卓一郎(きだたくいちろう)
被害者と同期で入社した男性社員。情熱的でプライドが高く、静香に好意を寄せていたが、その恋に破れたために退職してしまった。現在、静香の住んでいる隣町に住んでいる。
「ハジメちゃん、静香さんを殺した犯人、まだ見つからないみたい」
「美雪、ワ一プロのディスプレイに出ていた言葉を覚えているか?」
「ええ、これね。言葉が線でつないである不思議な文。点も打ってあるし。でも、ここに本当に犯人が分かるヒントがあるのかしら」
美雪が書き留めておいたメモを差し出した。
「もう、ひとつ。ワ一プロのとなりにCDが置いてあったろ」
「『(金田一CD)』ね。彼女のお気に入りで、私にも同じのを1枚プレゼントしてくれたの。今となっては形見の品みたいになっちゃった。はら」
美雪がバッグからCDプレ一ヤ一に入ったCDを取り出して見せた。
「そうか、やはりそれに何か関係あるんだ。ちょっと借りるぜ」
そういうと曲を聞きはじめるハジメ。だが、一通り最後まで聞いても何もわからなかったらしく、再びPLAYのスイッチを押す。
「このCDが何か事件と関係あるっていうの?」
「静香さんのメッセ一ジとね」
「そういえば、静香さんのワ一プロに残されていた文と同じような言葉が使われている曲があったような……」
そう言ってCDのケ一スから歌詞カ一ドを取り出して広げた。
「歌詞カ一ドか!」
そう言って美雪から歌詞カ一ドを奪うようにして取ると、しばらくじっと見つめているハジメ。
「ボ一ルペンも貸してくれ。どうやら歌詞の中から犯人が見えてくるってことらしい」「歌詞の中?」
歌詞カ一ドに目を走らせ、何やら書き込みはじめるハジメ。息をのんで見守る美雪。どれだけ時間が過ぎたろう。ハジメの瞳が一瞬輝いた。
「……そうか、そうだったのか……謎は解けた……」
「どうしたの、ハジメちゃん。静香さんのメッセ一ジがわかったの?」
「そう、犯人の名前がね」
「あの3人の中にいるの?」
「ああ、どうもそうらしい」
「でも、待って。あれは襲われる前に静香さんが打った文のはず。その時点で彼女が何かされそうだと思っていた人物だったからって、それだけでは犯人と断定はできないんじゃないの?」
「普通ならね。だか、犯人はわざわざ別の犯人に見せかけようとして、余計なことをしてしまったんだ。それが証拠になる」
「余計なこと?」
「静香さんが残した文の中で、読んでみると1行だけ妙なものがあった。ちょっと不自然なその1行こそ大きな意味を持っていたんだ。
ハジメの推理は警察に伝えられ、再捜査の結果、とうとう容疑者が犯行を自供するまで至った。それによれば、犯人は千堂静香の部屋の鍵を盗んで合い鍵を作った。鍵をマンションの入口のわきの植木の所に落としておいたのは、鍵がないままだと、ドアの錠そのものを取り換えてしまうかもしれないと考えたからである。その合い鍵で部屋に侵入し、犯行に及んだ。静香が美雪と電話で話していたときには、既に部屋の中にいて、会話を盗み聞きしていたのである。
犯人は自分の名前がワ一プロに残されていることを知り、また犯行直後にその解読に成功した。そして、ワ一プ口の文を消したりせず、解読されても別の者に容疑がかかるように手を加えておいたのである。
しかし、わざわざ手を加えたこと、それこそが、犯人であることを証明する結果になった。なぜなら、直接、静香と美雪との電話の会話を聞いた者でなければ、ワ一プロの文の正体が何であるかなど見当もつかなかったはずであるし、本来あった名前をわざわざ別のものに書き換えたのは、元の名前が犯人である自分であったからに他ならない。ハジメはその隠された元の名前を見事に解読し、犯人を突き止めたのである。
さて、犯人はいったい誰だったのだろう。君にこの謎が解けるだろうか?
■解答はインタ一ネットで見てね。 東映動画(株)の「金田一少年の事件簿」のホームページ
【完】