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GP 172

【密技】「二式水戦」 為什麼歐美列強各自淘汰的水上飛機 日本卻將它們當作至寶?

樓主 只要莫妮卡_改二 justmonika52
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1次世界大戦で欧米諸国で用いられた水上戦闘機や戦闘飛行艇は、第2次世界大戦ではほとんど見られなくなりました。しかし日本だけは使い道を見出し、零戦改造の水上戦闘機を生み出しました。
於一戰中歐美各國都使用的水上戰鬥機、飛艇,在二戰中已經很少見了。
但日本還是找出了它們的用法,並製造出由零戰改裝而來的水上戰鬥機。


以零戰作為原型做各式改造的二式水戰。

水上機は滑走路いらず 飛行場の開設必要なし
 日本が開発した軍用機の中で唯一、1万機以上作られた零式艦上戦闘機、通称「零戦」は、旧日本海軍が後継機の開発に手間取ったこともあり、太平洋戦争末期になっても改良発展型が開発されていました。そのため、零戦は初期型の一一型から終戦時にテスト中だった五四型まで10以上もの種類があり、さらに練習機型なども存在します。
水上飛機不需要跑道  所以不需要開闢飛機場
日本開發的軍用飛機當中,唯獨零式艦上戰鬥機有生產1萬架以上,通稱「零戰」,而舊日本海軍也耗費了大量的時間在開發其後繼機種的工作上,在太平洋戰爭末期就開發了改良發展型號,從初期型的零戰一一型到終戰時還在測試的五四型為止共有10種以上,而且還存在教練機。


そのなかでも一風変わった派生型なのが「二式水上戦闘機」、通称「二式水戦」です。練習機型も含めてほかのタイプはすべて「零式」と呼ばれたのに対し、これだけ「零式」とついていません。それはなぜでしょう。
也出現一種較為不同的衍生型「二式水上戰鬥機」,即「二式水戦」。
其他發展型的戰機、包含教練機種都被稱為「零式」,但只有它不稱作「零式」,那是為什麼呢?


しかし、技術が進歩し飛行機の性能が上がるにつれて、フロート(浮きいかだ)部分が速力や機動性を向上させるうえでの障害となり、またエンジンなども信頼性が向上したことで、水上戦闘機はほとんど消え、欧米諸国において水上機や飛行艇は、偵察用や観測用などの支援用に特化するようになりました。
隨著技術的進步以及飛機性能的提高,飛機所搭載的浮筒都成了機體速度和機動性提升的障礙,且飛機引擎的可靠性也得到了提高,水上戰鬥機因此幾乎消失,在歐美列強當中,水上飛機以及飛艇已經都特化成了偵查和觀測、支援專用的工具。


しかし、日本ではいささか事情が異なっていました。旧日本海軍は、来るべき対米戦争では太平洋が主戦場になると想定しており、南太平洋に点在する島々を占領した際には、飛行場が完成するまでのしばらくのあいだ、水上戦闘機を配置しようと考えました。
但日本的情況就有所不同。
舊帝國海軍所預想的是太平洋在將來就會變成對美國作戰的主要戰場,而在佔領四散在太平洋上的各島、且島上各大機場建造完畢之前,都配置、使用水上戰鬥機。


水上戦闘機なら飛行場が必要ないため占領後すぐさま展開でき、周辺の制空権を維持しつつ、偵察や警戒任務にも用いることが可能というわけです。
就因為水戰不需要機場,所以也能在佔領島嶼後直接配置,不僅能夠維持周遭的制空,而且還能用於偵查以及警戒任務。


下駄を履いたゼロ 自らの役割を全う
 そのための機体として、1940(昭和15)年に川西航空機において、まず「強風」の開発が始まりました。ただし、「強風」は野心的な要求性能から当初より開発が難航しました。そこで「強風」が実運用に入るまでの中継ぎとして、既存機を用いた水上戦闘機が開発されることになりました。
著木屐"的零戰 盡自己所能的發揮作用!
為了上述目的,1940年(昭和 15年)的川西飛機公司開始開發「強風」。但因為對於「強風」機體性能要求的野望實在太大,所以造成了其開發開始的困難。所以就得在「強風」的實用開始之前,利用現有飛機開發過渡機型的水上戰鬥機。


作為二式水戰原型的零式艦戰。(來源:美國海軍。)


ベース機として白羽の矢が立ったのは零戦でした。零戦は三菱重工が開発した艦上戦闘機で、その高性能ぶりから水上戦闘機にも転用することになりました。しかし零戦の開発元の三菱は、1940(昭和15)年当時、零戦の生産だけでなく、一式陸上攻撃機と局地戦闘機(いわゆる迎撃戦闘機)「雷電」の開発で余裕がありませんでした。
做為水戰基礎發展機,被選中的就是零戰。
零戰是三菱重工公司所開發生產的艦上戰鬥機,由於其優秀的性能,所以被轉為水上戰鬥機使用,但原開發商的三菱公司,在1940年(昭和 15年)時,除了零戰的、一式陸攻的生產外,還得負擔局地戰鬥機(攔截機)「雷電」的開發,已經沒有更多的資源再負責水戰改裝工作。


 そこで、旧日本海軍は水上機の開発ノウハウがあり、また三菱を補完すべく零戦の生産を行っていた中島飛行機に、中継ぎとなる水上戦闘機の開発を命じました。こうして1941(昭和16)年初頭から中島飛行機で開発はスタート、ベースとなる機体があったため1年足らずで開発完了し、太平洋戦争開戦日である同年12月8日に試作機が初飛行します。
因此,舊帝國海軍因為掌握水上飛機開發的過程性知識,所以命令了在這個時間點一直在幫三菱公司補充生產零戰的中島飛機公司開發過度機種的水上戰鬥機。自1941年(昭和 16年)初開始,中島飛機公司就開始了開發作業,因為有基礎參考機體,所以開發作業不用1年的時間就完成了,並在太平洋戰爭開戰的同年12月8號開始第一次試飛試製機。


 しかし機体の性能自体は問題なかったものの、水上機として用いるための海水による腐食対策に苦心しました。零戦は空母で運用する艦上機でしたが、飛沫など直接海水を浴びることはないため、電気系統含めて重点的に対策を施す必要がありました。
但儘管機體本身的性能問題不大,還是必須費神去研發作為水上飛機的抗海水腐蝕對策。因為作為原型的零戰是在空母上運用的艦載機,不會直接浸泡在海水中以及噴濺到海水,所以針對飛機電子系統的防護對策就變成必要作業。


 また、フロート装着による重量増や、抵抗の増大によって起きた機動性の低下をカバーするために、垂直尾翼にある方向舵(ラダー)の面積を拡大するなど、機体各部にさまざまな改良も加えられました。
而且,為了彌補因為裝載浮筒所以機體重量增加還有阻力隨著增大造成機動力低落的問題,所以加大了垂直尾翼和方向舵的面積,還對機體各部分都進行了改良。


 かくして、零戦ベースの水上機は1942(昭和17)年7月6日に「二式水上戦闘機」として旧日本海軍に制式採用され、翌年9月まで約1年のあいだに327機生産されました。
    如此一來,基於零戰所製造的這號水上飛機於1942年(昭和 17年)7月6號,作為「二式水上戰鬥機」得到了舊帝國海軍的制式採用,直到隔年的9月止,在這大約一年內總共生產了327架。

アメリカは工業力と機械力で水戦の必要なし

 二式水戦は、太平洋戦争緒戦の日本の戦線拡大によって、開発時の構想どおり飛行場設営が追い付かない最前線で活動し、北はアリューシャン列島から南はソロモン諸島まで、様々な場所で要地防空や船団護衛、海洋哨戒など多用途に用いられました。
以美國的工業、機械生產力 不需要水上戰鬥機
   二式水戰隨著太平洋戰爭戰間日本戰線的擴大,它就如同開發時構想的一樣,不用開闢機場就在最前線活躍著,從北部的阿留申群島到南邊的索羅門,在各種地方被作為防空、船團護衛、以及海域警戒用等多用途工具。


太平洋戰爭期間,於南太平洋水上飛機基地停放的二式水戰。(來源:美國海軍。)


しかし、このような水上戦闘機は日本特有で、第2次世界大戦においては他国で同種の機体はほとんど使用されませんでした。一応、アメリカ海軍ではF4F「ワイルドキャット」戦闘機にフロートを付けたF4F-3S「ワイルドキャットフィッシュ」が、イギリス海軍では「スピットファイア」戦闘機にフロートを付けた水上戦闘機型がそれぞれ製作されましたが、これらは試作で終わっています。
但這種水上戰鬥機也就只有日本特有,在二戰時的各國,都很少在用類似的飛機。
基本上,美國海軍有生產過由F4F「野貓」戰鬥機掛載浮筒的F4F-3S「野貓魚」,英國海軍也有生產過由「噴火式」戰鬥機掛載浮筒的水上戰鬥機型號,但這些都僅止於試製品。


 そもそも、アメリカは圧倒的な工業力と機械力によって、陸上であれば多数の重機を持ち込んで、短期間で飛行場を作り上げる能力を有していました。また大戦後半になると大量生産した各種空母によって、艦載機によるエアカバーが可能となり、艦載機よりも低性能な水上戦闘機の必要性がなくなりました。
首先,以美國壓倒性的工業、機械生產能力,在陸地上就擁有大量的重型機具,有能在短時間內開闢飛機場的能力。而在世界大戰後期又大量投產各種空母,也可以利用艦載機實行空中掩護,根本不需要性能比起艦載機來的差的水上戰鬥機。


 イギリスについては、島しょを取り合う戦闘を想定しておらず、対日戦が勃発したため急遽、水上戦闘機を製作したものの、陸戦主体のヨーロッパ戦線では必要なく、大西洋ではアメリカ供与の空母と艦載機で間に合っており、さらにイギリスの対日戦はインド方面で、水上機の出番はありませんでした。
而英國並沒有設想過奪島作戰,雖然在對日戰爭中也急忙生產過水上戰鬥機,但對於以陸戰為主的歐洲戰場用不到,在大西洋戰場還有由美國提供的空母以及艦載機,再者,英國和日本作戰的戰場大多位於印度洋,也不需要派出水上飛機。


 結局、第2次世界大戦(太平洋戦争)における水上戦闘機自体が、土木機械が足りない日本ならではの機体だったといえます。そのため日本の形勢が不利になると、活動の場は減りました。
結果水上戰鬥機在二戰(太平洋戰爭)中,因為相對缺乏土木工程工具,所以就只有日本獨自使用。
而隨著局面對日本漸漸不利,它們的活躍場所也隨之減少。


ちなみに本命の「強風」については、二式水戦の生産終了後となる1943(昭和18)年12月1日に制式採用されましたが、ほとんど活躍することなく生産もわずか97機で終了しています。
而順帶一提,最受到看好的「強風」,在二式水戰停產之後的1943年(昭和 18年)的12月1號得到了制式採用,最後僅生產了97架,而且幾乎沒有活躍表現。


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